東日本大震災を〈考える〉ナースの会

震災について〈考える〉場をつくりました。 仙台で/仙台から、始めます。

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

Posted on --/--/-- --. --:-- [edit]

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

日本災害看護学会第17回年次大会において、てつがくカフェを開催しました!  

■2015年8月9日、仙台国際センターにおいて開催された、日本災害看護学会第17回年次大会において、ワークショップ「てつがくカフェ」を〈震災と専門職〉を開催しました。学会という場で「てつがくカフェ」を開催するのは初めての試みでしたので、いつもと同じように対話がすすむのか緊張しておりましたが、いざ対話が始まると、参加者の皆さんの震災に対する様々な思いが次々と語られ、気が付くとあっという間に終了時間が来てしまった、そんな会になりました。

ある看護師さんは、学会会場までの移動中、タクシーの運転手さんに、被災地では自ら命を絶つ人も多く「いったいどこまで看護できるの?」と言われ、〈看護〉のもつ社会的イメージや自らが考える〈看護〉という仕事の範疇について考えたと言います。
また、避難区域に隣接する病院で働く看護師さんは、震災直後、家族に「生きていれば逢える」と告げ、病院にとどまったことに対し、自らが下したその「選択」が果たして正しかったのか今でも問い直すし、またそのような悩みを抱えた仲間へのフォローが出来ていないのではないかと声を震わせながら話して下さいました。

そして、看護の専門性を語る上で、看護という職業に纏わる社会からのイメージや期待と、自らが課している看護の役割を分けて考える必要があるのではないか、また、看護の機能として、ただ「傍にいる」だけでよいのか、「○○したい」という意志や欲求が重要なのか、単に行為するのではなく「考えた上での行為」が重要なのかという話にも発展しました。

今回の対話は、ここがまさに被災地であることを実感させられる、そんな内容になりました。

震災後、看護は災害看護のスペシャリストを養成する方向で動いています。
しかし、真のスペシャリストとは高度な知識や技術を身につけただけの人ではありません。
太田圭祐先生のお話にもあったように、専門職としての弱さや限界を経験することもあります。
自らの専門性について他者とともに徹底的に考え、説明できる強さを身につけること。こうした逞しさが、今後、必要なのではないでしょうか。


スポンサーサイト

Posted on 2015/08/12 Wed. 15:21 [edit]

category: ◆ これまでの活動

tb: 0   cm: 0

管理人

カテゴリ

最新記事

CalendArchive

月別アーカイブ

FC2カウンター

リンク


▲Page top

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。