東日本大震災を〈考える〉ナースの会

震災について〈考える〉場をつくりました。 仙台で/仙台から、始めます。

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第3回目の〈考える〉会が終了しました!  

今回の会は、キャンナスさん主催の講演会の後、東北福祉大学で開催されました。
テーマは「震災後1年を経て考える―ボランティアとは何か?」です。
看護職以外の方も含めて、9名の方にご参加いただきました。

まず初めに、ボランティアについて当時(現在)考えていたことを自由にご発言いただきました。
看護職の多くは「何かしないといけないのでは?」と考えていたといいます。

そこで看護職以外の参加者から、看護職は本来のボランティアとは異なり支援に行って当然であるといった専門性が突きつけられたり(また他者から要請される前に自ら課してしまう)、献身、誠実さといった振る舞いを重んじる職業でもあるため独特の苦しさがあったのではないか、という発言がありました。

それに対しある看護師は、看護師だから支援に行ったのではなく、人として目の前で困っている人がいたら自ずと助けるものでり、それは看護教育を受けていなくても出来ることであるといいます。
また、ほかの看護師も、そもそも看護職を選択する動機が「人を助けたい、人の役に立ちたい」というものであるため看護師だからという考えはないといいます。

支援に入ったのは〈人としての私〉なのか〈看護師としての私〉なのか。
この点に関してこれ以上話を深めることはできませんでしたが、これは「看護師とは何か」「ケアとは何か」といった問いを孕む問題であるような気がします。

他にも、支援を受け続ける側にとって「支援」とは時に「暴力」に成り得るという発言もありました。
普段から支援することに慣れている援助職は、支援という行為が孕む様々な側面について考えておく必要があるでしょう。

最後に「避難所で2週間以上経過しているにもかかわらず物資が適切に行き渡っていないことに対するジレンマ」「支援に行ったにもかかわらず逆に自分がもてなされてしまうことへの違和感」「限られた期間の中でどこまでかかわるべきなのか」といったボランティア活動にまつわる悩みが語られました。

また「支援する中で専門性をもつからこそいろいろ見えてしまい苦しんだ」と話す参加者がおられました。今回、被災地に入った看護職の多くが達成感よりもむしろ不全感を抱いていたのは、震災により自らの志向性に促され被災地に赴いたにもかからわらず、「こうすれば良くなる」と未来を先取りしつつ「何もできない」現実に直面したからに他ならないでしょう。またそうした状況にもかかわらず「今・ここ」で他者と向き合わざるを得ないジレンマにさらされていたのだと思います。

参加者の中には、声を詰まらせながら話される方もいらっしゃいました。震災という出来事を語るには、まだまだ時間が必要であることを痛感しました。これからも、ゆっくり、丁寧に、自分たちの〈言葉〉で震災という出来事を語れるように場をつくっていきたいと思います。

お忙しい中ご参加くださった皆様、ありがとうございました。
次回は、6月3日(日)に「専門職倫理を考える―患者のためにはどこまで通用するか?」というテーマで開催します。詳細は後程、本ブログにUPします。ぜひご参加お待ちしております!

第3回 ボランティアとは何か?
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Posted on 2012/05/03 Thu. 21:00 [edit]

category: ◆ これまでの活動

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